幻想の遊園地に流れる“蛍の光”

      2019/07/05

私たちは選び続けている。

 

幻想か創造か。

 

目隠しをしたまま歩くのか

目を開けて自分で道を選ぶのか

 

自我の無意識の反応で生きるのか

真我の意識で愛を放って生きるのか

 

 

幻想の世界は、魂の遊園地のようなもの

泣いたり笑ったり、怖がったり、怒ったり

用意されたアトラクションやムービーで

喜怒哀楽ゲームを楽しんでる。

 

その喜怒哀楽だって

ほぼ製作者の意図通りだけど

そもそもそれを楽しむための遊園地だから

なんの疑問も持たずに、ある意味操られている。

 

無邪気に楽しめる遊園地から帰ったら

本来の自分に戻らなきゃいけない。

 

それは自分自身が選んだ

自分にしか果たせない役割。

 

上手くいかないこともあるかもしれない

辛いときもあるかもしれない

それはその役割を果たすという責任の重み。

 

自分の人生の責任を、自分自身で背負うという、重み。

 

創造の道は、ある意味で究極的に孤独なんだ。

 

それでもそこには

役割を果たしている時にしか得られない充実感や

宇宙に貢献している喜びがあふれている。

 

その孤独は、ひとりぼっちの寂しさじゃなくて

宇宙は1つというワンネスの孤独。

 

宇宙のすべてがある、孤独。

 

 

クリアリングって、魂の遊園地に流れる「蛍の光」

 

もう帰る時間ですよ。

本来の役割に戻る時間ですよ、って。

魂の促す道しるべ。

 

閉園時間ギリギリまで役目を忘れて遊び倒す人もいるし

遊びながらも仕事が気になる人もいるし

蛍の光が流れる前にさっさと帰っちゃう人もいる。

 

まだ遊びたい?

もう帰りたい?

 

どちらを生きるのも、自分次第。

 

どちらを生きても、今この瞬間、幸せはここに在る。

 

 

 

 

 

 

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